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2015/07/05

経済危機とギリシャ債務危機

こないだのポストでギリシャに関して少し話すと書きました。
このブログを書いている間にギリシャでは投開票が行われており、今の所「ノー(Oxi)」が優勢のようです。
日本では世界遺産の登録ばかりが話題になっているようで(実際に今の大使館の仕事の7割程度がUNESCO関連だったようですが…)、ギリシャで実際何が起こっているか正直よくわからない日本人がほとんどではないかと思います。

経済危機、と言われてあまりピンとこない人も多いかと思います。かくいう私も去年まではよくわかっていませんでした。
なんとなく日本もバブル崩壊で経済危機が云々などといった文脈で語られることから、いわゆる不況を意味するのだろうということぐらいはわかると思います。

最近起こったギリシャ債務危機以外の経済危機といえばリーマン・ショックです。
リーマン・ショックを簡単に説明するとつまり、リーマン・ブラザーズというメガバンクがリスクを顧みずお金を貸しまくっていたところ、貸したお金が回収できなくなって倒産し、他の企業にもその影響を与えた事件のことです。
これは元をたどれば、サブプライム・ローンという、アメリカの低所得者向けの住宅ローンが原因です。
アメリカでは経済格差が問題となっているのはみなさんご存知だと思いますが、労働階級の低所得者層だって住宅を購入したいわけです。
ただし、普通のローンはクレジット審査が厳しく、一定の所得や担保がないと借りることができません。
そこで、新たな金融商品として登場したのが「サブプライム・ローン」という、ハードルの低い住宅ローンです。
これはクレジット審査が緩い分、もちろん利率も高くなりますが、冷静に考えてみればより少ない所得の人たちに高い利率でお金を貸しているわけなので、かなりリスキーなビジネスだということは言わずもがなでしょう。
リーマン・ブラザーズもそれをわからないほど間抜けではありません。こんなローンのリスクをリーマン・ブラザーズは請け負いたくはありません。
そこで登場するのが「クレジット・デフォルト・スワップ」というデリバティブ商品(いわゆる金融商品)です。
これはつまり、「リスクの売買」を意味しており、リーマン・ブラザーズは低所得者層にサブプライム・ローンを貸して、高い利率を回収する際に、同時に発生する高いリスクを他の銀行や金融会社に売りつけていたわけです。
こういった、他人資本でさらなる投資を行うことを「レバレッジ」といいます。レバレッジをきかせることが危険なビジネスであることは、想像に易いと思います。

このリーマン・ブラザーズのビジネス・モデルは住宅購入の需要がずっと高まり、それに伴い土地の値段が上がるという、いわゆるバブル経済の中で進化してきたものです。
日本人ならよくわかっていると思いますが、住宅の値段が上がり続けることは決してありません。バブルはいつか弾けます。
バブルが弾けると、サブプライム・ローンを借りていた人たちからも、「もしローンを支払えなくなっても、家の値段が経常的に上がっているから、家を売ればローンを完済できる」という甘い考えは消え去ります。
ローンが払えなくなれば、自己破産(デフォルト)です。デフォルトされてしまえば、貸した金は戻ってきません。
まずクレジット・デフォルト・スワップでリスクを溜め込んだ会社が倒産します。倒産されてしまうと、リーマンは全て負債を請け負うことになります。
そうして負債を溜め込んでいくと、「こんなヤバいビジネスをしている会社からは手を引こう」と人々は考えることになり、この悪循環に拍車がかかり、結果的にリーマンは倒産することになります。

当時、リーマン・ブラザーズのCEOであるファルド氏は、当時の共和党政権や世論から、「リスクを顧みず金儲けばかりして、アメリカ国民を窮地に追いやった」と激しい非難を浴びることになりました。

しかし、本当に彼が全ての元凶なのでしょうか?

1999年に、グラム・リーチ・ブライリー法というアメリカの法律によって、グラス・スティーガル法という投資規制をかけていた法律が廃止されました。
企業は通常、利益を求めます。それはトヨタだって、ソニーだって、その他の中小企業だって同じことです。
このグラム・リーチ・ブライリー法で規制が緩和されたことによって、リーマンがそれを「ゴーサイン」と見誤ってしまったことも一因ではないかと、私は思います。

と、話が逸れてしまいました。
つまり、経済危機とは、ある外因的要因によって経済の動きが鈍ることを意味します。

ギリシャ危機の原因は時の政権の粉飾決済だと言われています。
ドイツを始め、EU諸国はギリシャに様々な投資を行っていました。
もちろん投資を行うということは、それなりの見返りを求めるということですが、その投資と利潤のバランスは、格付け会社がGDP成長率や、経常収支(輸出と輸入の差額)のデータなどを見て決定する格付けに基づいて決まるものです。
もしそのもとのデータが粉飾されていたとすれば、すべての投資がおかしな計算に基づいて行われていたということになります。つまり、ある程度の利潤があると見込んで投資したものの、国内経済が実はぐちゃぐちゃで、利潤どころじゃなかった、ということになってしまうわけです。

ところで、ここでいう投資とは国債の購入を意味します。
国債とは、いわゆる国による借金です。国がお金をかき集めたい時、お金を刷るか、国債を発行します。
お金を刷ることの危険性は、一方的に国がお金を刷って国内のお金を増やすと、そのお金の価値そのものが下がってしまうこと、すなわちインフレーションです。
ジンバブエでは、政府がお金を擦りまくったことによって、お金の価値が毎日何百分の1になり、最終的には2億分の1になってしまいました。
こうしてインフレーションが続くと、もはや今日のお金は明日の紙屑なので、人々は物物交換をはじめ、お金が意味をなさなくなってしまいます。
今日の100円のりんごが、明日は10,000円になっているわけですから、今日りんごを買いだめして、明日りんごと他のものを交換した方が得なわけです。

国債は一方で、預金のようなもので、国にお金を預けますから国はきちんと金利を払ってくださいね、ということです。
さて、財政赤字の粉飾決済がバレて、経済成長も今後見込めないとなると、格付け会社はギリシャ国債を格下げします。
国債トレーダーはこの格付け会社の格付けに基づいて投資していますから、もちろん、がくっとランキングの下がった国に今から投資するのはリスクが高すぎるので、手を引きます。
みんながみんな手を引いてしまうと、ギリシャは国債を発行しても誰も買ってくれなくなり、利率を上げるしかなくなります。
利率とはすなわちその国のリスクを体現していますが、ギリシャの場合これが1年間400%にまで引き上がっています(つまり、1年後には4倍にして返すから貸して、というもはやヤケクソに近い利率で、それだけ誰も買わなくなったということです)。
こうして、国内からは外貨がどんどん無くなっていきます。つまり、お金が必要なときに、どんどんお金が国から逃げて行ってしまうので、さらに負債に追い打ちを食らってしまったわけです。
ここで思い出したいのが、リーマン・ショックです。リーマン・ショックはサブプライム・バブルが弾けたことによって投資家が一斉に身を引いたことによってリーマン・ブラザーズが身動きがとれなくなったことが原因でした。
今回のギリシャ危機に関しても同じことが言えます。投資家がギリシャ国債から身を引いたことによって、ギリシャは身動きが取れなくなってしまったのです。

なんとなく、イソップ童話のような話です。ずっと嘘ばっかりついていると、そのうち誰も信じてくれなくなるのと同じように、ギリシャの財政赤字の嘘がばれてしまったことによって、誰も国債を買ってくれなくなってしまったわけです。

こうなってしまうと事態は深刻です。一度信用が落ちると、回復するのには大変な時間と労力がかかります(これは人間関係にとっても同じですね…ちなみに、ギリシャの信用度が下がることによって、一番苦しい思いをするのはギリシャ人たちであるということはもうお分かりでしょう)。
トロイカ(EU, IMF, ECB)はギリシャに対して財政援助(いわゆるbailout)という助け舟を出しますが、
これは緊縮経済と呼ばれる、いわゆる「事業仕分け」のような政策がセットとなっていました。
緊縮経済は、景気が悪い時に、政府の支出を見直してカットできるところはカットしよう、という発想に基づくので、多少耳障りのいい政策に聞こえます。

しかし、不景気とは、つまり「需要が欠如した状態」のことです。誰もモノを買わないから、モノを作る企業が倒産する。企業が倒産すると、景気はさらに落ち込む、ということです。
緊縮経済は実際にギリシャの経済をさらに追い込みました。若者の失業率は50%にまで登っており、ギリシャ国民はこの緊縮経済の痛みを肌で感じています。

ジョン・メイナード・ケインズという有名な経済学者は、世界恐慌時に現在でもよく使われる理論を打ち出しました。それは、「お金がない時こそ、お金をたくさん使って、人々の需要を刺激しなければいけない!」という、少し嘘のような話ですが、これは経済的に証明された理論です。
日本も一時は「地域振興券」などで政府が需要を刺激しようと試みましたし、最近ではアベノミクス政策で日銀が量的緩和を行いました(量的緩和とはつまり国内のお金を増やすこと。量的緩和をすると為替レートが上がる=円安になる、という副作用があります)。
ケインズの理論は長期的な発展ということではなく、今どうやって不景気から逃れるか、という理論なので、持っているお金以上のお金をずっと使い続けていたら破綻するのは当然です。ケインズ理論はいわゆる短期決戦なわけです。
要約すると、需要がくすぶっているんだからお金を刷るか国債を売ってもっと借りて、お金をいっぱい使うことによって国内経済を循環させ、需要を回復させなければいけないということです。これは金融政策と呼ばれます。アベノミクスの成果は賛否ありますが、少なくともこの金融政策によって日本経済が刺激を受けたのは事実だと思います。ほかにケインズが推奨した政策としては「税金を引き下げ、国民にモノを買わせる」あるいは「政府による公共投資を増やす」という財政政策があります。昨年税率が引き上げとなったので、財政政策に関してはアベノミクスはケインズ理論の逆で、実際に税率が上がったことによって国内の需要・GDPは下がりました。

ここで問題は、ギリシャはユーロ圏にいるということです。
こうしたケインズの理論を信じたチプラス首相のような人がいたとしても、ギリシャが勝手にお金を刷ることをECBドラギ総裁が許してくれません。
つまり、単一通貨の場合、こうしたお金を操作して経済を活性化する「金融政策」ができないのです。
ギリシャがお金をもっと使いたいからお金をくれ!といってもEUはもちろん緊縮経済押しなので、なかなか頷きません。

たとえば、ギリシャでインフレが起これば、実質的にモノの値段が上がるわけですから、いまの負債の額も相対的に下がって、得なわけです。インフレを導くには、金融政策が重要です。
逆に、緊縮経済下ではモノの値段がどんどん下がるので(支出カット、給料カットなので当然といえば当然ですが)、もともと借りていた額が実質的にどんどん膨大になっていくわけです。
これでなぜギリシャがEUに反発するか少し見えてきたのではないでしょうか。
緊縮経済でギリシャの支出をカットし、モノの値段が下がることによって、得するのはギリシャではなく、ドイツをはじめとしたEUの主要国です。だって、相対的にドイツが貸しているお金が膨らむわけですから。
これでギリシャ人も「ナチだ!」と怒ってしまうわけです。

かなーり前置きが長くなってしまいましたが、ようは今回のギリシャの投票は「緊縮経済=お金をカットしてきちんと借金を払う」か、それとも「ケインズ理論に基づいて、ユーロを離脱して独自の金融政策で景気回復を目指すか」のどちらかを選ぶという内容です。

もちろんユーロ離脱そのものが焦点ではありませんし、ギリシャの年金の高額さなど、馬鹿げた支出は控えるべきで、しっかりと経済を活性化するお金の使い方を模索するべきです。
しかし、一般的に信じられている「ギリシャ人はだらしないから借金を払えないのに、EUに上から物事を言ってけしからん!」という発想は、もちろん粉飾決済や馬鹿げた支出を考えれば完全に間違いではないのですが、完全に的を射ているとは言い切れません。
まず、チプラス首相が率いるシリザが粉飾決済をしていたわけではありませんし、EUによって提示された緊縮経済で過去5年間、ギリシャ経済は悪化する一方です。

ロバート・マンデルというジョンズ・ホプキンス大学でも教鞭を取りノーベル経済学賞も受賞した経済学者は、単一通貨圏の基準として6つの項目を挙げています。つまり、この項目多くに当てはまれば、単一通貨が適しているということです:

1.労働移動の自由
2.自由貿易
3.製品の多様性
4.財政移転
5.類似した嗜好
6.連帯

労働移動の自由や、自由貿易が確率されているならば、単一通貨が得なのは直感的にもわかると思います。旅行者にとっても、移動が自由なEU圏内ではユーロで統一されていることによって得られるものは大きいです。
一方で労働移動の自由はシェンゲン協定で保障されているものの、移動そのものは多くはありません。また、自由貿易はEUの理念であるからクリアしているとしても、生産物の多様性は、ヨーロッパは特段に大きいとは思いません。
財政移転に関しても、EUの財政はヨーロッパ全体のGDPの数パーセントに過ぎず、その財政支出はほとんどが共通農業政策と地域援助です。これも大きいとは言えません。
類似した嗜好は、これは捉える人によると思いますが、それなりに類似している部分も多いとは思いますが、たとえばドイツ人は見た目よりも安全性を重視した車が好きなのに対し、イタリアは安全性よりもアホっぽいかっこいい車が好きだったりします。

そして最後は連帯です。
連帯とはSolidarityと訳され、EU法などの授業で嫌というほど耳にする内容ですが、つまり、EU(ユーロ)の加盟国同士で助け合いをするほどの仲であるか、ということです。

ギリシャはEUが課す緊縮経済を信じて貫くことができるのか、それともEUはドイツなど一部の国の利益のためにギリシャを追いやっていると受け止めるのか。

今回の投票はつまるところ、このEU圏内の連帯が試されているもののように思えてなりません。
ギリシャはヨーロッパとしてのアイデンティティ(連帯)を求めるのか、それともギリシャ人としてのアイデンティティを求めるのか。

臨時ニュースによるところ、ヨーロッパとしてのアイデンティティはそこまでまだ強くなかったようです。

2015/05/16

旧ユーゴスラビア紛争

バルカン地域を研究したり、バルカン出身の人々と話をしていると、その問題の根深さをいつも感じます。

バルカン半島と言うと、日本人はよく「ああ、ヨーロッパの火薬庫か」という反応をします。
確かにナポレオン戦争後から第一次大戦前後にかけてヨーロッパ全土で民族主義・ナショナリズムが高まり(1848年には一度ヨーロッパ全土でほとんどすべての革命が鎮圧されましたが)、
オスマン帝国の衰退とそれに伴うバルカン半島での独立運動が盛んになった時期もありました。同時期のオスマン帝国は"Sickman of Europe"と呼ばれ、その衰退とそれに続く民族主義運動はよく"Eastern question"と呼ばれます。
結果的にフランズ・フェルディナンド大公の暗殺とそれによる第一次大戦と、火薬庫は爆発してしまったわけですが、
その後のバルカンの政治を知っている人はあまりいないのではないでしょうか。
日本の歴史の教科書でもほとんどそれ以降は記載がありません。

ちなみに第二次大戦中はナチスがクロアチアに侵攻し、「ウスタシャ」というクロアチア版ナチを結成します。
この時代に民族浄化が行われ、何十万人ものセルビア人が殺されたと言われています。
第一次大戦後にはすでにユーゴスラヴィアの前身が存在していましたが、行政は主にセルビア人が中心であったため、クロアチア人の反感が強かったのです。
逆にセルビアでも反ナチス団体「チェトニック」が結成され、クロアチア人やボスニア人を迫害していました。
(チェトニックに関しては第二次大戦後一度は散り散りになりましたが、旧ユーゴ紛争で再興します。ボスニア人の若手映画監督Jasmila Zbanic(ヤスミラ・ジュバニッチ)がGrbavica(グルバヴィッツァ)という映画で悲劇を見事に描いています。)

この歴史の部分は後に各国の政治レトリックに利用されることになるため、この史実は重要です。

ところで、あまり詳しくない人でもティトーぐらいは知っていると思います。第二次大戦後に頭角を表し、ユーゴスラヴィアを一つの社会主義国家にまとめあげた凄腕です。
今でも、クロアチア人やセルビア人、ボスニア人などにティトーのことを尋ねると「当時は良かった」、「彼はバルカンの父のような存在だ」と口を揃えて言います。
実際には社会主義時代から失業や汚職などは蔓延っていたのですが、一般的に今日のバルカンでは当時の社会主義時代をゴールデン・エイジとして恋い焦がれる風潮がかなり強いです。

彼の死後、バルカンではまた民族主義が高まります。始まりはコソヴォです。

コソヴォはセルビアとアルバニアに挟まれた、非常に敏感な土地にあります。
なぜ敏感かというと、歴史的にオスマン帝国の影響が色濃いアルバニアに対し(アルバニア人は今日でも約60%がイスラム教)、セルビアは正教会だからです。
この微妙な関係が爆発した事件が1389年に起こった「コソヴォの戦い」です。
これはオスマン帝国がアルバニアを超え、コソヴォに侵攻し、当時のセルビア王国と戦った出来事のことです。
結果セルビアは負けますが、これによって西側もイスラム教のバルカン侵攻を恐れ、十字軍を送ることになります。
また、オスマン帝国とセルビア王国が戦った土地であるコソヴォはセルビアにとっての聖地となり、それ以降セルビア人にとって特別な土地になります。
その後コソヴォではアルバニア人(オスマン帝国の影響を受けたイスラム系)の入植が進み、現在でもその人口の90%以上がアルバニア系で、セルビア人は少数派となります。

話は現代に戻り、ティトーの死後民族主義がまた高まり始めていたと話しました。
セルビアではミロシェヴィッチという人が大統領に選ばれます。
彼はかなりのナショナリストで、セルビア民族主義政策を推し進めます。
彼は1989年にコソヴォを訪れ、「セルビア人の少数派がアルバニア人に迫害を受けている」という趣旨のスピーチを行います。
この1989年というのはちょうどコソヴォの戦いから600周年にあたり、これは愛国主義を高める決定的要因だったことに違いはありません。
案の定、こうした背景により民族主義で結束したセルビア人たちは大規模なデモを行い、ユーゴスラヴィア大統領を引き摺り下ろし、ユーゴスラヴィア軍をセルビアが牛耳ることになります。
これで「コソヴォを制圧せよ」という動きが本格化するわけです。

ユーゴスラヴィアという国と軍隊がセルビア人に牛耳られた時点で他のバルカンの国々はもちろん恐々とするわけです。
「次はうちにセルビアが攻め込んでくる」という考えになるのも当然です。
まずはじめにその動きをはじめたのがスロベニアです。
スロベニアは1991年半ばに軍を動員させ、一足先に独立を宣言します。
地理的距離から、紛争はたった10日で収束し、独立が達成されます。

次は同じくナショナリストであるトゥジマン大統領が選出されたクロアチアです。
スロベニアと異なり紛争が泥沼化した原因は、クロアチア国内にセルビア人少数派の居住地区があったことです。
これらの地域をもちろんクロアチアは編入するために軍を動員しますが、一方セルビアは「少数派の保護」を名目にこれらの地域への影響を強めていきます。
ここで最初に述べた「ウスタシャ」というナチス集団を思い出して欲しいのですが、
セルビア人はクロアチア版ナチスに迫害を受けたという歴史を持っており、クロアチアが独立をして軍隊を作り上げるという行為が、セルビア人にとって「ウスタシャ」を彷彿させるわけです。
よって、ミロシェヴィッチ大統領をはじめセルビア人は「クロアチアがまたナチスを結成して我々を襲おうとしている」というレトリックになってしまうわけです。

結果的に、セルビア人少数派がクロアチア国内に建国した「クライナ共和国(勝手に独立を宣言して、他のどの国も国家として承認しませんでしたが)」はクロアチア軍による「嵐作戦」という軍事作戦によって一掃されてしまいます。
ちなみに、この嵐作戦を指揮したクロアチア人陸軍中将アンテ・ゴトヴィナの戦争犯罪裁判の判決は2年前に下り、無罪放免ということになりました。
ちょうど彼の判決が出た時に私はザグレブにいましたが、街中がお祭り騒ぎで、EU加盟の祭典よりも盛り上がりを見せていました。
彼はクロアチアでは「英雄」と見られ、セルビアでは「戦争犯罪者」とみなされています。この認識の違いが現在でも両国の確執を広げていると言えます。
国際司法裁判所の判決ではゴトヴィナは無罪ということになりましたが、その判決は完全なる潔白というよりも、証拠不十分による無罪といった面が強い点も、セルビアの反感を買うことになりました。
(ちなみに彼はいまマグロ養殖の会社を経営しており、日本との関わりも強めていますが…まあこれ以上は控えておきます)

クロアチアで紛争が起こった後、ボスニアでも同じことが起こります。
ボスニアはもっと民族が入り混じった国なので、もっと状況が複雑になります。
特にセルビア人がボスニア人(イスラム系)を大量に虐殺した「スレブレニツァの虐殺」は国際司法裁判所が世界で初めて「ジェノサイド」との判決を下した事件です(ホロコーストの後)。
法律的にジェノサイドと判決を下すのはかなり厳しい条件を満たさなければならないのですが、この場合「特定の民族(ボスニア人)を計画的に絶滅させようとする意図と、実際に虐殺を行った事実が証明された」ということになります。
計画的に民族を絶滅させるということは、ボスニア人を狙って殺害する、あるいはボスニア人女性をレイプしてセルビア系の血筋を生ませるなどといったことが実際に起こったわけですが、それを証明するのは非常に難しいです。
まずボスニア人を「根絶させる」意思というのはユダヤ人収容所のような組織立ったものが存在していたことを証明しなければ、単に多くのボスニア人が殺されたというだけではその「意図」は証明されません。
そしてレイプにしても、「私はレイプされた」と名乗り出ることのできる女性がとても限られている上に、その事実を公にすることで差別を受けるという「セカンド・レイプ」も存在します。
日本でも慰安婦問題で最近また隣国とやり合っていますが、バルカンに関しては、たった20年前の出来事なのに、それでも実際の数を把握し、和解し、支援をすることは非常に難しいのです。

ちなみに、現在でもボスニアの政治はとても変わっています。
セルビア人少数派の「スルプスカ共和国」という自治体がボスニアという国に存在している上に、ボスニア・ヘルツェゴヴィナという国には憲法が民族別に何個もあり、西側諸国の監視下で大統領もボスニア人、セルビア人、クロアチア人によるローテーションになっています。大臣は100人以上います。
ここまでへんちくりんな政治制度はボスニアくらいでしょう。

このスルプスカ共和国は紛争中にボスニア人女性がセルビア人によって被害を受けたということを認識していません。
認識していないので同地域では被害者支援も行えるはずがありませんし、それにより国内での民族間の確執は広がるばかりです。
どの国も似たような歴史の繰り返しです。

いままでの説明は主に「西側」に立った説明です。
アメリカが仲裁したデイトン合意によってボスニア紛争は終結しましたが、西側諸国は一貫してセルビアを非難しています。
「すべての悪はセルビアにあった」と述べる人も少なくありません。
ただ、私はそれもそれでおかしいと思うわけです。
確かにミロシェヴィッチを始めセルビアの民族主義が直接の引き金になったのは間違いありませんが、
アンテ・ゴトヴィナが「英雄」として扱われていることには違和感を感じるし、国際司法裁判所の判決が必ずしも正義ではないということは誰でも知っています。
また、当時はそれぞれの国でマイノリティが政治に参加できるようなシステムが構築されていなかったのも確かです。

どちらが正義か、誰が英雄かなんて、不毛なように感じます。
こんなことをいうとクロアチア人は「セルビアが侵攻してくるのを指加えて待っていろというのか、これは祖国の防衛戦争だ」と熱くなります。
それもそうなのですが、国の安全保障に民族主義が重なると、問題は複雑になります。
今でもバルカンではこの問題は非常に敏感な部分なので、あまりこういうことを彼らの前では言わないようにしています。

現在、クロアチアで最も激しい紛争が起こった、少数派セルビア人が多く住むブコバルという町では、クロアチアの老兵が署名を集めて、看板や交通表示のキリル文字の廃止を求めています(クロアチア語とセルビア語はほぼ同じですが、クロアチア語はアルファベット、セルビア語はキリル文字を使います)。
「キリル文字なんか、見たくねぇ」という単純なものなのでしょうが、いかに民族的な対立が根深いかがわかるでしょう。

バルカン問題を見るたびに、「ナショナリズム」とは一体なんのためのものなのか、よくわからなくなります。